西の陣、西陣

「西陣」の名は、応仁の乱(1467年-1477年)の際に西軍総大将・山名宗全(やまなそうぜん)らが堀川よりも西の地に陣を構えたことに由来。応仁の乱後、離散していた織物職人が京都に戻り、この地で再開したものが西陣織の由来。西陣の地の北にある小高い山が船岡山(標高112m)。応仁の乱の古戦場でもあり、平安京の四神相応の玄武に位置し、豊臣秀吉によって信長の廟所と定められた霊魂の通り道の地。明治になり建勲神社(けんくんじんじゃ)建立。

 

8/16の五山の送り火、船岡山では論理上は四山を巡ることができますが・・・なんせ人が多いです。