京の先の大戦の古戦場

京都人のジョークのような話に「先の大戦は?」との問いに「応仁の乱やなぁ。うちは幸い燃えずにすんだ」との答え。

この先の大戦は、室町後期、諸大名が東西両軍に分かれ、洛中を主戦場として戦った10年にも及んだ応仁の乱(応仁元年1467-文明9年1477)。東軍総大将の細川勝元、西軍総大将の山名宗全(そうぜん)の時の実力者の対立に、将軍後継問題や将軍補佐役の管領家の家督争いが絡んだものと云われています。

 

京都市街は応仁の乱以降は、幕末の戦乱、第二次世界大戦でB-52からの爆弾被害を受けましたが、洛中が廃墟と化したのは確かに応仁の乱。神社仏閣はほぼすべて消失。

 

今でも山名宗全の陣地・西陣の子たちは悪さをすると、親から「そうぜんさんの亡霊が出はるよ」とお灸をすえられます。「赤入道」と云われた宗全、西陣ではとても怖い存在です。

 

今年は応仁の乱が起きて550年の節目となります。

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